夫は今日も仕事。
本当は、土日休みのはずなんだけど、土曜日なんて、家にいたためしがない。毎日遅くまで仕事をして、土曜日まで仕事に出ている夫は、当然疲れていて、日曜日も必然的に寝ている事が多くなる。
今日は、「できるだけ早く帰るよ」(お昼過ぎには帰る予定)と行って朝早くから出かけていった。
でもお昼過ぎに「ちょっとお昼ご飯は一緒に食べられなくなった」と電話。
夕方には、「晩御飯も外で食べないといけなくなった」と電話。
夫はもともと家にいる方が好きなタイプなので、仕事上の付き合いで飲みに行くのは結構疲れるらしい。夫だって、大変だから、“私だって大変なのよ!!”と怒りをぶちまけるわけにもいかない。
でも、その夕方の電話を受けてから、なんとも自分の中にやりきれない気持ちが生まれた。どんな気持ちかというと、
思いっきり泣きたい!
車のクラクションを鳴らしまくって、乱暴な運転をしたい!
誰かに喧嘩を売って殴りあいたい!
・・・くれぐれも申し上げておきますが、あくまでも“したい”という妄想で、私、普段こんなことしませんから。
というか、穏やかなタイプ・・・のはず。子どもにも怒鳴りつける事とか、感情的に怒る事はまずないはず。
そんな私がこんな気持ちになるなんて、ストレス溜まってるよなーと思ってしまった。
子どもは目の中に入れても痛くないほど、かわいい。でも、今日ぐらいはパパがお風呂に入れてくれて、一人の時間もてるかなーと淡い期待を寄せていた。
核家族化で、夫の仕事が忙しいと、平日は家事・育児に夫の協力を期待するのは難しい。家事と育児で怒涛のような一日が終わり、子どもが寝ると自分も本当に疲れている。
そこに疲れた夫が帰ってくる。疲れた夫を癒してあげたい。
家族においしいご飯も食べて欲しい。
そう思うと、自分の気持ちの持って行き場がなくなるのよね。
前任地で興したサークル“ナチュラルパーティ”はお母さんのためのサークル。
このメンバーは、本当にキラキラしていて、意見を戦わせることもあるけれど、目指す場所は「お母さんと子どもたちが幸せになるように。」で一致してる。
この「お母さんと子どもたち」というのは、今現在育児中の親子もそうだけど、これからお母さんになる人、これから生まれてくる子供たちにもいい場所を作れるように、今自分たちにできることは何か。を求めて、色んな活動を頑張っている。
当然小さい子どもを抱えて。
みんなで集まって悩み事を吐きあったり、会議をしたり、市の子育て広報誌の編集に加わったり、その活動は多岐にわたる。
お年寄りのグループの中には、“子どもを託児に預けて会議するなんて・・・”と眉をひそめる人もいるらしい。また、“人の(将来の)子どものために、そんな事をしてたら、自分の子どもがとんでもないことになるよ!”とか脅す人もいる。
でもね、育児真っ最中のお母さんにしかわからない涙もある。
おばあちゃんの世代にはなかった核家族化に伴って、昔なら“ちょっとおばあちゃん、子ども見ててくださいね!”と言って出かけられた買い忘れの買い物にも行けない。昔の子供達は地域みんなで見ていたけど、今は、自分の子どもは自分で守らなければ、という世の中になっているので、子どもから目を離せないので、息つく暇がない。
悲しみも苦しみも不便さも、後の世代の人たちが、同じ思いをしないように、今、育児をしてる私たちがあげないといけない声もあると思う。
ちょっと泣きたくなった今日だからこそ、他のたくさんの苦しんでるお母さんを救いたいと切実に思った。
だめかな。
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