生と死を考える
久々のパソコンからの投稿です。
なかなかパソコンの電源を入れる体調になりませんでしたが、そろそろ復活です。
そうそう、入院したものの病名を言っていませんでしたね。肺炎です。
風邪をこじらせた以外の何ものでもありません。
入院生活は、最初はしんどいながらも“3食昼寝付きのホテルだと思えば楽しめるわ♪”などと呑気に考えていたのですが、やはりそこはホテルなどではなく、まさしく病院でした。
私は肺炎だったので、呼吸器科の部屋で看護を受ける事に。
当然、呼吸器を病んでいる人たちと同じ部屋にいます。
話を聞いて見ると、肺がんの人も同じ部屋で2人いらっしゃいました。
この病名も、
「アナタは何の病気ですか!?」
「癌よっ!」
などと無神経な会話が飛び交うわけもなく、毎日数回回ってくる看護士さんとの会話からなんとなく、わかってしまうのです。
病室のカーテンは、出産のときの部屋とは全く違っていて、ほとんどの人が終日閉じっぱなし。私もベッドが通路側だったこともあり、通路を通る人から寝ている姿が丸見えになるのがイヤで、閉じている事が多く、それが一日中になると異常な圧迫感を感じ、同じフロアーの談話室で1人でボケーッと過ごす時間がだんだん増えてきました。そうそう、こっちの友達には入院した事はほとんど誰にも言っていませんでした。
心配かけるのも嫌だったし、言ってお見舞いに来てもらうのも正直体調があまりすぐれないので無理っぽかったし、何よりお風呂にも入れないお化粧をする気力もない自分を見られるのが辛かったっていうのもあります。
談話室とは、面会に来た人たちが部屋であまりうるさくなるといけないからと集まるところなのですが、ここにずっといると、色んな人間模様が見えてきます。
病院で入院している患者さんの親族が集められ、経過報告といよいよ危ないと言う話を告知している場面にも出くわしましたし、旦那さんの看病で疲れた奥さんのうたた寝の場面やら、患者の家族が病気について話している場面も見ました。
何より、親族が集められている患者さんの個室には、あわただしく看護士さんや医師が出入りしていて、チラッと見えたその人は、身体中に点滴のチューブがささり、酸素マスクをし、心電図を取るために胸にはあの吸盤のようなものが貼り付けられ・・・と色んなものに命を繋がれている状態でした。
“自分が死ぬときは・・・”ということをリアルに考えてしまいました。
病院のベッドであんなに色んなものに繋がれて死ぬのは嫌だ!
看病で疲れた家族の表情も何度も目にしました。
何より、家族に迷惑をかけたくない!
OLになったばかりの頃、ホスピス関係の本を読み漁って“死ぬこと生きること”について、悶々と考えていた時期がありました。その時、同期の男の子に“こんな事で毎日悶々と悩んでるんだ”と言うと、“死んだことないから、死ぬことなんでわからんやろ!考えてもわからん事は、考えるな!”と言われて、なんだかホッとして考えるのをやめたことがありました。
でも、今はなんとなく違う気がします。
“死”というものについて考えていると“自分が死ぬまでにどう生きたいのか”を考える事に繋がる。“自分がどう生きるか”ということについても、入院して改めて真面目に考えるようになりました。
それも、“死”と真正面から闘っている人たちと、多少なりとも触れ合ったからだと思います。
そこには、“対面”とか“外見”とかそんなものに見向きもせずに、それこそ必死に病気と向き合っている人たちがいました。
“死”というものは、遥か遠い彼方にあるものなのではなくて、いつ不意に自分に訪れるかもわからないものなのだということも、今回の入院で体験しました。
本当に10日ほど40℃の熱が下がらないと、“自分はヤバイ!?”と考えてしまうのです。
いかに生きるか。
これを学ぶために、今回の私の病気は私に訪れたのかもしれません。
そんな気がする今日このごろ。
最近のコメント